
ジビエで一番美味しいものは何かと聞かれたら、私は穴熊(アナグマ)と答えます。
理由は脂です。当店では年間およそ100頭の穴熊を、広島・岡山・長崎・熊本・長野・福岡の猟師さん10人から買い取っています。毎年その数を捌いていて言えるのは、穴熊の脂の甘さは「そういう肉だから」ではなく、その個体が何を食べて、いつ獲られたかでほとんど決まる、ということです。
この記事では、その中身を書きます。
穴熊の脂は、なぜ甘いのか
「甘い」と表現されますが、脂に糖が入っているわけではありません。理由は2つあります。
食べたものが、そのまま脂になる動物だから
牛や鹿のような反芻動物は、胃の中の微生物が餌の脂をいったん作り変えてしまいます。だから何を食べたかは、脂の質にはあまり出てきません。
穴熊はイタチ科で、胃はひとつです。食べたものの脂が、作り変えられないまま身体に蓄えられていきます。ドングリを食べて育ったイベリコ豚の脂が特別に扱われるのも同じ理由で、豚と穴熊は「食べたものが脂にそのまま出る側」の動物です。
果実の糖から、融点の低い脂ができるから
甘いものを大量に食べた身体は、その糖から脂肪をつくります。このときできるのがオレイン酸のような融点の低い脂です。融点が低いというのは、低い温度で溶けるということ。体温のあたりで緩みはじめる脂は、口に入れた瞬間に流れて、香りを一度に立ち上げます。
私たちが「甘い」と感じているのは、溶ける速さと、酸化していない澄んだ脂の香りです。それを甘さとして受け取っています。
実際、脂ののった個体は包丁を入れると指の熱で溶けはじめます。捌いているときに、手で分かります。

背ロースの部分はほとんどが脂です。
すき焼きなどの鍋にします。
穴熊は果樹園で獲れる ── 8月末から12月の「果樹リレー」
穴熊は果樹が好きで、果樹園を荒らします。そのため有害鳥獣として駆除されるのですが、畑で困り者だった個体ほど、肉としては美味しいという逆転が起きます。
環境省が2022年に公表した生息分布調査(2018〜2021年度)でも、アナグマは近畿・九州・首都圏周辺で分布が広がっており、特に九州ではほぼ全域で生息情報が得られたと報告されています。これは農業被害を防ぐための捕獲情報が反映されたものとされています(※)。当店に西日本の果樹産地から穴熊が届くのは、この流れの上にあります。
当店に届く穴熊は、季節とともに入荷元の果樹園が移り変わっていきます。
| 時期 | 荒らしている果樹 | 脂の状態 |
|---|---|---|
| 8月末〜 | 巨峰 | 脂がのりはじめる |
| 9月ごろ | いちじく | のってくる |
| 秋 | シャインマスカット | 良い |
| 秋深く | 柿 | 糖度が高く、脂も最ものる。一年で一番いい個体 |
| 〜12月 | ミカン | — |
※ 環境省「タヌキ、キツネ、アナグマの生息分布調査の結果について」(2022年9月30日発表)
果樹の種類でものすごく味が変わる、というほどではありません。ただ、獲れる時期が違うので、結果として脂ののり方が変わります。柿の時期の穴熊がいいのは、柿の糖度が高いことに加えて、季節的に冬眠へ向けて一番脂を蓄えているタイミングと重なるからです。
夏はメロン畑でも駆除されますが、この時期の個体は脂がのっていません。だから当店では仕入れません。獲れたから買う、ということはしていません。

穴熊の旬はいつか
お盆を過ぎると脂がのってきて、秋と冬が旬です。
「冬眠直前の11月〜12月だけ」という言われ方もしますが、実際に毎年入荷させていると、8月終わりの巨峰穴熊の時点ですでに十分な脂がついています。逆に夏場のメロン畑の個体は、獲れても脂がありません。
つまり穴熊の旬は、冬眠のカレンダーというより、果樹が実る順番でできています。
1頭からどれくらい取れるのか
- 体重:4kg〜15kg(個体差が大きい)
- 可食部:脂が多いため、およそ7割
鹿や猪のようにまとまって手に入る肉ではありません。1頭ずつ買い取っています。
この100頭から、当店では年間およそ3,000食の穴熊料理をお出ししています。専門店としては多いほうだと思いますが、それでも2店舗で割れば、いつでも潤沢にある食材ではありません。入荷状況によってご提供できない日もあります。

昔は、失敗もしました
扱いはじめた頃は、穴熊なら何でも仕入れていました。
その結果、獣肉くさいものや、脂が少なくて旨味のないものを仕入れてしまったことがあります。同じ穴熊でも、山で何を食べていたかで、まったく別の肉になるからです。
今は果樹園に狙いを定めて仕入れています。何を食べていた個体かが分かっているものだけを買う。これが、今の当店の穴熊が安定して美味しい理由です。
当店での出し方と、その理由
角煮 ── 下煮2時間、本煮5時間
まず2時間ほど下煮をして、そこからさらに5時間かけて煮含めます。合計7時間です。
これだけ時間をかけるのは、穴熊の厚い脂をとろける状態まで持っていくためです。箸を当てると崩れます。「脂身は苦手だったけれど、これはおかわりしたい」と言われることが多い一皿です。


たたき ── 65℃で60分
低温調理で、65℃を60分。火を入れすぎると、あの融点の低い脂が流れ出てしまいます。なめらかな甘みを残すための、温度と時間です。
すき焼き
鉄鍋の中で脂が溶けて割り下と絡む瞬間の香りが、穴熊を一番ダイレクトに感じられる食べ方です。野菜にも旨味が移ります。

炭火焼
脂がほどよくついた個体を炭火で焼き上げます。秋のはじめのものや、果樹をたっぷり食べた個体が向いています。

刺身
低温で処理した脂を、冷たく冷やしてお出しします。甘い脂そのものを味わっていただく一品です。

ベーコン
仕込みにも時間をかけます。穴熊の脂は、燻すとまた違う香りが立ちます。

精肉から角煮まで、実際の作業
お客様から一番よく出る言葉
- 「脂がとろける」
- 「こんなに脂が多いのに、さっぱりしている」
この2つです。脂の量に身構えて来られた方が、食べた後にこう言われる。融点の低さが、そのまま感想になっています。
店内で、穴熊に触れます

店内には穴熊の毛皮を展示しています。写真では伝わらない毛の硬さや厚みがありますので、ご来店の際はぜひ触ってみてください。
余談:ダックスフンドは「穴熊犬」
ダックスフンドという名前は、ドイツ語で「ダックス(Dachs)」は穴熊、「フント(Hund)」は犬で、「穴熊犬」とういう意味です。
巣穴にいる穴熊を狩ることで、だんだんと胴長短足になっていったといわれています。
ドイツでは昔から穴熊の美味しさは有名だったのですね!
よくある質問
Q. 穴熊は一年中食べられますか?
A. 秋・冬が旬です。お盆過ぎから脂がのりはじめ、12月ごろまで果樹園の個体が入荷します。旬の時期に確保した在庫があれば、それ以外の季節でもご提供できる場合があります。確実に召し上がりたい方は、ご予約時に「穴熊希望」とお伝えください。
Q. ジビエは初めてですが、穴熊は食べられますか?
A. 獣肉に慣れていない方でも比較的食べやすい部類です。当店ではジビエ肉の女王と呼んでいます。ご不安な方には「はじめてジビエ安心コース」もご用意しています。
Q. 脂が多いと聞きましたが、重くないですか?
A. 「こんなに脂が多いのにさっぱりしている」というのが、お客様から一番多い感想です。融点が低く口の中で溶けてしまうため、牛や豚の脂とは感覚が違います。
Q. 穴熊だけ単品で注文できますか?
A. 当店は全席ご予約制・コース制です。コースに一品追加する形でしたらご注文いただけます。ご予約時にお申し付けください。
Q. タヌキとは違うのですか?
A. まったく別の動物です。タヌキはイヌ科、穴熊はイタチ科です。「同じ穴の狢(むじな)」で一括りにされてきましたが、食べたものが脂に出るかどうかという点で、肉としての性格が大きく違います。
穴熊が食べられるコース
穴熊zukusiコース(全9品/14,800円 税込・2〜6名様)
穴熊のリエット、エゾ鹿のパテドカンパーニュ、たたきサラダ、炭火焼、角煮、すき焼き鍋、〆の稲庭うどん、こけもも&ローズヒップのアイス。同じ一頭を、火の入れ方を変えてお出しするコースです。たたきのなめらかな甘み、炭火焼の香ばしさ、時間をかけて煮含めた角煮のとろけ方。その違いを並べて味わえます。
至福のグルメコース(全8品)
穴熊すき焼きに、ヒグマの赤ワイン煮も加わる当店の人気No.1です。いろいろな動物を一度に試したい方には、こちらを。
☎ 人形町店 03-5640-2121 / ☎ 浅草店 03-5828-6788
入荷状況もその場でお答えします。当店は全席ご予約制、お食事はコースのみのご用意です。
▼あまからくまから 人形町店 の予約はこちら
▼あまからくまから 浅草店 の予約はこちら

ジビエ料理あまからくまから浅草店は古民家レストランです。木造の落ち着いた雰囲気の中、ジビエ料理を楽しむことができます。
ジビエが初めての方でも楽しめる食べやすく美味しい料理が自慢です。
もちろん人気の熊肉や穴熊もございます。
また2名様から落ち着いてお食事いただける個室席も5部屋、最大16名様までご利用いただけます。
扉の閉まる完全個室で掘りごたつなのでゆったりお寛ぎいただけます。
雷門より徒歩一分、浅草観光にも便利です。


穴熊をもっと詳しく
- 巨峰を食べて育った穴熊は、脂に果実の香りが残る
- 穴熊の生態・習性や肉の特徴をジビエ専門店の店主が詳しく紹介
- ジビエの概念が変わる。ハチミツのように甘い脂を持つ、山の至宝「穴熊」
- 穴熊(アナグマ)の脂身が「甘い」と言われる秘密|お客様体験記
- ほんとは教えたくない。知る人ぞ知る、特別な穴熊の話(柿穴熊)
今年(2026年)の穴熊は、果樹園が豊作で脂ののりが例年より早い当たり年です。今季の入荷状況と、ほかの秋のジビエとの比較は熊は3分の1、穴熊は当たり年|2026年秋のジビエ ベスト10にまとめました。
出典
- 環境省「タヌキ、キツネ、アナグマの生息分布調査の結果について」(2022年9月30日発表/2018〜2021年度調査)
- 環境省「鳥獣の違法捕獲の防止」

